ハラスメント防止のガイドライン
◆はじめに
世界各地で様々な人種差別問題、労働環境問題やハラスメント問題などが取り沙汰され、日本でも当然それらの問題は深刻化する中、映画芸術や舞台芸術の分野においては次々とハラスメントが告発されました。
それらハラスメント事件は、エンターテイメント業界を揺るがし、映画制作会社や制作関係者はもちろん、俳優達をコーチする私たちにもその影響が広がりました。理性なき誰かの行動が、正しく生きる者たちまでをも事件の渦中に引き摺り込んでしまったのです。
これまで私たちアクティングコーチはセルフプロモーションによってそれぞれの仕事を得てきましたが、もはや個人では太刀打ちできないほど深刻化している状況でもあります。例え「私は違う」と個人が訴えようが世間にその声が届かぬなら、私たちは集団で「ハラスメント防止」の声明を発信し、会員の仕事の質保障を訴えたいと思います。
◆ハラスメント防止の声明
「私たちACG会員は『ハラスメント防止のガイドライン』を共同体として発表し、ハラスメント行為を決して行わない事を誓います」
一、私たちACG会員は、ハラスメント行為が、「人間の尊厳」を侵害する行為であり、その環境にいる全ての者たちにも不安を与える卑劣な暴力的行為であることを認めます。
一、私たちACG会員は、ハラスメント行為が、被害者や周囲を疑心暗鬼にさせ、良好な関係を失い、被害者の夢や人生を変えてしまうほどの恐怖を与えるものである事を認めます。
一、私たちACG会員は、ハラスメント行為の無い環境こそ、受講者にとって安心と信頼に満ちた学びの場である事を理解し、受講者の夢の実現に向けて寄り添う為の最善の環境である事を認めます。
以上の認識を踏まえ私たちACG会員は俳優への演技指導にあたり特に以下の点に自覚を持って俳優と接することで意図しないまま結果的にハラスメントになってしまう可能性をも戒めるよう指導にあたる事を誓います。
一、私たちACG会員は、アクティングコーチの影響力を常に考え、容易に断れない力関係があることを自覚します。
一、私たちACG会員は、アクティングコーチの絶対的な立場と優位性を背景に、ハラスメントが生じやすいことを自覚します。
一、私たちACG会員は、アクティングコーチに対して俳優がはっきりと「拒否」や「不快」の意思表示ができるとは限らない事を自覚します。
一、私たちACG会員は、受講者の目的や意図に反する言動や行動をしていないかを常に注意していきます。
◆ハラスメントの種類と例
1)セクシュアル・ハラスメント
性的な言動や性的要求によって相手に不快感や恐怖を与え、レッスン(指導)環境を悪化させること。
例1:「彼氏・彼女はいるの?」「なんで結婚しないの?」「子どもは欲しくないの?」等、プライベートに関する事を執拗に尋ねる。
例2:性に関わる話題や性的な嫌がらせの言動や行動。不快感を持つ状況を作り出すこと。(猥褻な写真、画像を見せたりする、不必要に身体に触る、など)
例3:ホテルや居酒屋など、適切でない環境下に誘い出し指導すること。第三者の目が届かない状況で個人指導を行うこと。
例4:執拗、もしくは強制的に性的行為や交際の働きかけを行うこと。また性的関係を拒否されたことにより、指導を拒否するなどの不当な対応を取ること。
例5:「男なんだから(男のくせに)」「女なんだから(女のくせに)」など、性差別的な言動や行動を取ること。
例6:キャスティングの約束や受講料の免除などを対価として性的な関係を迫ること。
2)ジェンダー・ハラスメント
性に関する固定観念や差別意識に基づく嫌がらせなど。女性、または男性という理由のみで性格や能力評価を決めつける事。(ジェンダー・ハラスメントは広義のセクシュアル・ハラスメントとされます)
例1:「男のくせに根性がない」「女性とは思えない」「女性は子どもを産むべき」など、特定の性別役割観を押しつける発言。
例2:セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)に対する差別的言動について。
① 相手の性的指向や性自認・性表現等に関する言葉による中傷、からかい。
② 性的指向や性自認・性表現等を理由に、不利益を与えること。
3)パワー・ハラスメント
地位や権限あるいは優位性を背景に、適正な範囲を超えて人格と尊厳を侵害する言動で、精神的・身体的苦痛を与えること。プライバシーの侵害や威圧的な態度で脅迫や侮辱をする事。(心への攻撃も身体への攻撃も含みます)
例1:罵倒、怒声、恫喝、人間否定、暴言、暴力、など。
例2:無視。
4)モラル・ハラスメント
倫理や常識を超えた嫌がらせやいじめなど。特に優位性は関係ありません。そのため、同僚や受講者同士にも起きるケースもあります。そして稽古場だけではなく、家庭や恋人、夫婦や親子、友人同士の間でも発生する場合もあります。そのほか様々な行為がありますが、定義としては、言葉や態度など“目に見えない暴力”で相手を追い詰める行為をモラハラと呼びます。
例1:無視する。その人にだけ発言させない。その人だけ懇親会に呼ばない。その人にだけメールを返さないなど。
例2:その人の噂話や容姿についての言動、からかいなど。
5)アカデミック・ハラスメント
研究・教育機関に関わる優位な力関係のもとで行われる理不尽な行為 。
例1:教員の立場では、上司からの研究妨害、昇任差別、退職勧奨など。学生の立場では、指導教員からの退学・留年勧奨、指導拒否、学位不認定など、合理的な理由の無い行為。
例2:演技教育においては、自分で考えさせる事を理由に、常にその人にだけアドバイスを与えないなど。
6)レイシャル・ハラスメント
人種や国籍に対する偏見や差別、文化や宗教、生活環境の違いなどに理解を持たない発言や行為を呼びます。2016年にはヘイトスピーチ解消法が施行され、不当な差別的発言は許されない事が宣言されています。
例1:ハーフに対して何かする度に「やっぱ外国人だからね」「日本人じゃないから仕方ないね」などと見下したような差別的発言をする 。
例2:合理性なく日本人と外国人を分けて指導内容を変えたり、評価の仕方を変えたりすること 。
◆ハラスメントの対象範囲
セクシュアル・ハラスメントの場合は、性的な言動に対し、受け手が不快に感じるか否かによって判断されますが、パワー・ハラスメントの場合には、受け手が不快かどうかで判断できるものではありません。対象者への指導において受け手が不快と感じた場合でも、業務の適正な範囲で行われた場合にはパワー・ハラスメントに該当しません。
一方、業務上で正しい指導をした場合であっても、感情的、高圧的、攻撃的な態度で社会通念上許容される限度を超えた場合は、パワー・ハラスメントに該当する可能性があります。
またパワー・ハラスメントを受けている本人が、パワー・ハラスメントを受けていると感じていなくても、周囲の人間がその行為を見て不快に感じることで環境を害することにも留意が必要です。但し、被害を訴える者ばかりが正当であるとは限らない場合もあります。時には伝えたニュアンスに誤解があったり、アドバイスの受け取り方に齟齬があったりなど、間違ってハラスメントとして感じてしまうケースもあるかもしれません。
その時はACGでも第三者的立場の方に相談し、会員のハラスメントに関する訴えの調査をお願いしていきたいと考えています。
◆ハラスメントの加害者にならないために
「自分はハラスメントなんてしない」と思っている人が多いです。ですが、自覚のないままハラスメントの加害者になっている場合が少なくありません。「指導の一環として」「相手に良かれと思って」「場を和ますため」「感謝の気持ち、親愛の気持ちを表すため」など、意識せずにやったことが、ハラスメント行為に繋がっていることもあります。
なぜハラスメントは起きるのか。背景にあるのは個人の認識や価値観の違いです。自分にとっての“普通”を、全ての人の共通認識だと勘違いしないこと。
いつ自分が被害者、もしくは加害者になるかわからない環境の中で、自分の何気ない行動が、誰かを苦しめることもあることを心得ておきたいと思います。
相手を尊重し、相手を大切に思うとはどういうことかを考えることを、一人ひとりが意識することが対策の基本です。
・自分の影響力を常に考え、断れない力関係があることを自覚すること。
・絶対的な立場と優位性を背景に、ハラスメントが生じやすいことを自覚すること。
・立場の違う人同士では、はっきりと「拒否」や「不快」の意思表示ができるとは限らない事を認めておく事。
・相手の意に反した言動をしていないか常に注意しておく事。
◆最後に
ハラスメント防止のガイドラインとしてご理解を求めてきましたが、実際の教育現場でハラスメントを意識し過ぎたあまり、指導が臆病になったり不十分になったりすることは寧ろ本末転倒だと思います。そうならないために日頃から信頼関係を結んでいくことが大切だと思います。
『演技が好きな役者達がいつまでも楽しく学び、その可能性を共に追求していく事を目指す為に、私たちはハラスメントの無い環境で精一杯の努力を重ねていく事を誓います』
Acting Coach Guild of Japan
「ハラスメント防止のガイドライン」
2023年2月制定